ツバキの実がはじけました

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今日は信行社の月例会がありました。
午後2時から、読経、ヨガ・真向法、坐禅、法話、終わって、別室で茶菓をいただき、5時頃解散です。

今日は、坐禅のまえのヨガ・真向法の時に、「香り気功(香功・シャンゴン)」というのをインストラクターの森岡さんの指導でしました。

15の動作を、一定のリズムの音楽に合わせてそれぞれ36回行うものです。

例えば、「風擺荷葉 ふうはいかよう」(蓮の葉が風に揺れている)とか、「達磨蕩舟 だるまとうしゅう」(達磨のお舟)といったのがあります。

激しい運動ではないので誰でもできるし、幼稚園の遊戯のような楽しさもあり、終わったあと、場の空気が和らぎまろやかな感じになったようです。


20数年前に参禅指導の為、ドイツのレーベンス・ガルテンというコミュニティーを始めて訪れて驚いたのは、そこでは、ヨガ、気功法、太極拳、臨済禅、チベット仏教、バグワンのダンス瞑想、インディアンのスウェットロッジなど世界のスピリチュアルなものが、まるでフリーマーケットのようにして自由に行われていたことです。

近年、日本もそのような傾向が顕著で、精神世界はグローバルな転換期を迎えているように感じています。

私自身は、臨済禅によって安心を得、その伝統である参禅によって自覚を深めてきました。

しかし、臨済禅の修行を本気でやるには、一週間ぶっ通しで命懸けで坐る覚悟が求められます。そこまで必死で真理を求める気持ちと、体力がなければできないことです。

私には、臨済禅がぴったりと合ったわけですが、真理への道筋は人それぞれであるだろうと思います。

なによりも臨済禅は、参禅で「死にきってこい!」と言われるように、真っ向からの自我の否定に、身心の脱落に追い立てます。優しさの微塵も無いところが、禅の優しさなのだと言えます。


禅とは違うもう一つのアプローチがあるようです。

自我のとらわれが無い、宇宙と一つ天地一杯の無の境地を先取りして、宇宙意識の方に視座を移し、結果として自我を溶解していく方法です。

風になり、花になり、水になりして、その一体感に生き、「いまここ」のプロセスを味わい楽しむ方法です。

音の響きやリズム、身体の形、心のありようを統合して、自己を解放し宇宙と一つの境地へいざなうわけです。


真実に生きるとは、日常生活を、そのような物事との一体感に生きる創造的な行為なのだと思います。

プロセスを味わう生き方は、「いまここにある」ことに徹底し、「いまここ」を愛しきることで、自ずと成って行く道です。

ちょうど、ツバキの実が熟して、はじけるように。



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この記事へのコメント
初めまして 私も向さんの事こっさんって呼んでも良いでしょか?私向さんのブログ大好きです。明日も更新楽しみにしています。
Posted by 津嘉山明海 at 2011年09月18日 12:22
初めて見ました。
はじけるんですね、椿の実って。
うちの椿は、植えてから4年が経ちますが、まだ花すらつけてくれません。
場所が悪いのか、私の愛情の注ぎ方が少ないのか・・・

毎日素敵な写真に癒されています。
ありがとうございます。
Posted by 雅蔵 at 2011年09月18日 19:17
僕も
はじけます!
Posted by 品玄 at 2011年09月18日 20:55
こんばんは、こっさま。

今日わたしは、はじけました(^○^)

はじけたら、ホントの私が顔を出しました。。
Posted by まきママ at 2011年09月18日 21:48
精神世界はグローバルな転換期を迎えているように感じています。

臨済禅の修行を本気でやるには

一週間ぶっ通しで命懸けで坐る覚悟が求められます。

そこまで必死で真理を求める気持ちと、体力がなければできないことです。

臨済禅は、参禅で「死にきってこい!」と言われるように、

真っ向からの自我の否定に、身心の脱落に追い立てます。

優しさの微塵も無いところが、禅の優しさなのだと言えます。

禅とは違うもう一つのアプローチがあるようです。

自我のとらわれが無い

宇宙と一つ

天地一杯の

無の境地を先取りして、

宇宙意識の方に視座を移し、

結果として

自我を溶解していく方法です。

風になり、

花になり、

水になりして、

その一体感に生き、

「いまここ」のプロセスを

味わい楽しむ方法です。

音の響きやリズム、

身体の形、

心のありようを統合して、

自己を解放し

宇宙と一つの境地へいざなうわけです。

真実に生きるとは、

日常生活を、

そのような物事との一体感に生きる

創造的な行為なのだと思います。

プロセスを味わう生き方は、

「いまここにある」ことに徹底し、

「いまここ」を愛しきることで、

自ずと成って行く道です。

ちょうど、ツバキの実が熟成して、はじけるように。


有り難うございます。

一週間ぶっ通しで座る覚悟は

今はありません。

もうひとつのアプローチを

学びたいです。
Posted by 品玄 at 2011年09月19日 00:18
いつも大変お世話になっております。
「香功イントラ」?の森岡です。

初コメですが、
和尚さまのブログ、いつも楽しみに読ませていただいております。

昨日の香功の最後、15番目の動作は、
「童子拝仏」(どうじはいぶつ)です。

行っていると、無邪気なこどもの心にかえって、、
最後に手を合わせるのが、自然でとても気持ちいい感じです。
Posted by rio at 2011年09月19日 14:28
rioさま

私も、まったく同じ、自然でとても気持ちいい感じを体感しました。

あの無邪気さをもって、遊戯三昧の日々を送りたいと願っています。
Posted by こっさん(kossan)こっさん(kossan) at 2011年09月19日 14:52
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